沿革

国立療養所帯広病院史

昭和17年11月 北海道庁立結核療養所として竣工
昭和18年 1 月 日本医療団に移管
昭和18年 4 月 日本医療団帯広療養所として、看護婦養成所を併置して業務を開始
昭和22年 4 月 厚生省に移管、国立帯広療養所と改称
昭和27年 4 月 附属看護婦養成所を付置
昭和28年 4 月 附属看護婦養成所を附属准看護学院と改称
昭和42年 心臓外科を主とした循環器疾患の診療を開始
昭和43年 3 月 重症心身障害児(者)病床40床を併設
昭和44年 3 月 重症心身障害児(者)病床40床を併設
昭和46年 3 月 重症心身障害児(者)病床40床を併設
昭和50年 4 月 国立療養所帯広病院に名称改正
昭和50年 4 月 附属准看護学院を附属准看護学校と改称
昭和57年 3 月 附属准看護学校閉校
平成16年 3 月 国立十勝診療所と統合
(一般100床、結核50床、重心120床、精神100床)

国立十勝療養所史

昭和18年 高射砲連隊帯広陸軍病院として創設
昭和20年12月 厚生省に移管、国立帯広病院として発足
昭和22年 4 月 結核療養所に転換、国立療養所帯広病院と改称
昭和26年 4 月 国立十勝療養所に改称
昭和49年 6 月 精神4箇病棟200床として運営開始
昭和53年 4 月 精神療養所に転換
平成16年 3 月 統合により国立療養所帯広病院として発足

国立病院機構史

平成16年 4 月 独立行政法人移行に伴い独立行政法人国立病院機構帯広病院に改称

環境

当院は、十勝平野の中央部に位置する地方拠点都市帯広市(人口約17万人)の都心より西北6㎞に所在し、JR帯広駅から拓殖バスで所要時間約15分又は、JR柏林台駅からは徒歩10分の位置にあります。

病院北側には、近接して北海道三大河川の一つである十勝川本流が東西に走り、病院東側に面している241号線の橋梁、平原大橋(平成2年完成。橋長755m)の勇姿が目にすることができます。同大橋の近くには、北海道横断自動車道(「道東自動車道」平成7年11月開業で現在は占冠~足寄間が開通)の「音更帯広インターチェンジ」が設けられ、札幌市をはじめとする道央圏との移動時間が短縮されています。
また、帯広市は四季を通じて晴天の日が多く、冬季も積雪量は少なく医療施設の立地条件として有利な自然環境下にあります。

豚丼とお菓子のまちとして有名な、帯広市。

食べ物がおいしいのは、地場産の豊富で良質な原材料にあります。
小麦、豆類、てん菜、馬鈴しょを中心とした畑作、酪農・畜産等、大規模で機械化された土地利用型農業を展開しており、日本の食料供給基地としての役割を担っています。